サラバ2024年
どうも、yumihiko氏です。
2024年の振り返りをしたりしなかったりするブログを書いていきますね。
今年は家を購入しました!
今のおうちの内見に行った帰りだったかな、さときち先輩に「さときち先輩は近い未来、35年ローンを組むわけだけど、気持ちがズーーーンとならない?責任が重くのしかからない??」と聞いたら「ならない、気持ちならこの10年間(恐らく結婚してからのこの10年のことを言っていますね!)ずっとズーーーンとなってるし責任もずっと重くのしかかってるから今更ローンを組むごときで何も感じない、大したことではない」とのことで楽しかったです。もちろん彼は真顔でした。相変わらずさときち先輩はかわいいね!!!(???)
そんでそんで、一軒家に引っ越したので、保護猫を2匹お迎え致しました!!!
さときっちゃんが「この子とこの子!」と直感で決めたシマシマとハチワレ。彼が「ゲン」と「テン」と命名してくれました。
名前を決めるにあたり「せっかく2匹だから、2匹でひとつの言葉とか、対になる言葉とかそういうのがいいね」と家族で言っていて
私が「塩と砂糖、理科と社会、米とパン、赤と白、上と下」などの案を200ほど出したところ、さときち先輩にすべて真顔で却下されまして、なんならもう言ってる途中から「もういい、わかったらもう言わないで、静かにしてて、しょーもないことばかり言ってないで」と叱られまして、最終的にさときっちゃんが「この子達は原点にして頂点だからゲンとテンは?」とポロっと言って、満場一致で決まりました。
シマシマが「ゲン」で、ハチワレが「テン」です。呼びやすくておぼえやすくてそれぞれのイメージにも合ってるピッッッタリのサイコーの名前。
36歳のおばさんが「理科と社会」「米とパン」とか言ってたの恥ずかしいな…もう一回なにかしらを最初からやり直したほうがいいかもしれない…つらい。
長時間お出掛けした帰り、さときっちゃんは「早くゲンとテンに会いたい」って意味で「早くゲンテンに戻りたい」って言うことがあるんですよね、深すぎないですか?「原点に戻りたい」って……これが天才か…………天才を産んでしまったのか………参ったな……まったく……自分の才能が怖いぜ……(?)
ゲンとテンとの暮らしについては長くなるのでまたの機会にしますが、どちらも生後8ヶ月の男の子で、同じ時期にそれぞれ違う場所で野良猫のお母さんから生まれて同じ保護猫シェルターに保護された子。血のつながりはないけれど、本当の兄弟みたいに仲良しです。
人懐っこくてあわてんぼうで動きが雑であちらこちらによく体をぶつけるひょうきん者でニャゴニャゴ常に文句だかなんだかを言っている愛嬌たっぷりのゲンと、いっつも真顔だけどとにかく甘えん坊で隙あらばニンゲンの膝に乗りたくてゴロゴロ言いながら膝を探し求めてウロつくおっとりなテン(生まれつきの鼻炎持ち)。この子たちが我が家に来てくれて本当によかったな、と日々しみじみ思います。我が家の〈愉快〉に拍車がかかりました。
ある日の夜、私が先にベッドでウトウトしているとしばらくしてやって来たさときち先輩がなにやら「かわいいね、好きだよ?」などと甘い声で囁いていたので「まったくもう///さときち先輩ったら///」と思いながら目を開けたら、シマシマの毛玉(ゲン)に対して言ってましたね!!!めちゃくちゃ愛でてましたね!!!クソ!!!
前世でどんな徳を積んだら、さときち先輩の家猫になれるんだ!!!え?!?!!
さてさて、そんな感じで今年は夏におうちを買って引っ越して秋にネコチャンをお迎えしました。そんな年でした。基本的にはそれしか憶えていませんが、家族3人(+2モフモフ)、大きな事故や怪我や病気なく健康に過ごせたし、友達とたくさん会えたし、良い一年でした!!!
あ、引っ越しによりさときっちゃんは登校時間が大幅に長くなり慣れるまでは朝、学校に着くやいなや「遠すぎて泣けてきちゃった…」などとベソかいていたみたいですが(可哀想かわいい)、雨の日も風の日も頑張って登校しました!!!えらい!!!やっぱり天才だ!!!
今年の初めにさときち先輩に2024年の目標を聞いたところ、「僕自身の目標なんてないです。"生きる"くらいしかないです。今年の目標とか抱負とかなんなの?ないよそんなの意味わかんない、あるわけないじゃん」と、幼少期に〈今年の目標や抱負〉に上靴でも隠されたんか?ってくらいやたらとピリピリしていましたが、
「じゃあ、2024年、私にこうしてほしいってのはある?」と聞いたら「僕に理不尽にキレるのをやめてほしい」と、さっき↑のピリピリが嘘のようにスッと出てきましたね。
というわけで、私は「さときち先輩に理不尽にキレない」を2024年の目標のひとつに掲げたわけですが、無事に達成できませんでしたことをここにご報告致しますね!!!ガッハッハ!!!楽しいな!!!(?)
「本を100冊読む」というのも目標に掲げていましたが、これはどうやら無事達成しました!!!
正直、ていねいなくらしの人が読むうっすいオシャレほっこり小説(?)なら一年で100冊読むなんて余裕なんですが、そういうことではなくてあくまでも自分が読みたい本(例えどんだけ分厚かろうが)を特に冊数を意識せずにただ読んでいって、結果、一年の終わりに100冊いってたらうれしいな、それくらいは読みたいな、という感じで、
さっき数えてみたところ、115か116冊くらいは現時点で読み終えているっぽいです!やったね!!
今年読んだいちばん分厚い本はやはり、京極夏彦夏彦の「鵺の碑」!!!1,344ページ!!!
さときち先輩に「また辞書持ち歩いてるの?」「今日も辞書読んでるの?」「相変わらず辞書好きだねぇ」などとイジられながら読みました!!!
あと、そうだな今年の読書の傾向としてはアウシュビッツとかガザとかパレスチナとか第一次世界大戦とか人種差別とかそういう本が多かったかな。もちろん小説はこれまで通り読んでいます。
面白い本をたくさん読んだけど、中でもよかったなと心に残っている作品のタイトルだけ(場合によっては感想も!載せておきます。
・ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ/トーマス・サヴェージ
先に映画を見て面白かったのだけどわけがわからない点が多くて悔しかったので原作読んだらなるほど!!となりました
・シャーロック・ホームズの凱旋/森見登美彦
これはもう言うことなしの森見登美彦ワールドでマジサイコーでした
・バグダードのフランケンシュタイン/アフマド・サアダーヴィー
・黄色い家/川上未映子
1人の男の人の人生をただただ追うだけの話。これは本当によかった。人生そんなに悪くないか、と思える作品だった
・夜が明ける/西加奈子
ページをめくる手が止まらない現象になりました
・生皮 あるセクシャルハラスメントの光景/井上荒野
・あちらにいる鬼/井上荒野
・朔が満ちる/窪美澄
・くもをさがす/西加奈子
これは読んでください。読むのしんどいところも多くて長さの割にはちょっと時間かかった。
・深く、しっかり息をして/川上未映子
エッセイ。だいぶおもしろかった
あと表紙がかわいくて好きだった
・帰りたい/カミーラ・ジャムジー
・われら闇より天を見る/クリス・ウィタカー
だいぶかなり結構好きな感じです。
ずっと読みたかったけど読む気分になれなくてなかなか読まずにいたやつ。面白かった
・虚談/京極夏彦
・ビリー・サマーズ 上下/スティーヴン・キング
読み終わった後映画化してくれ!と思って調べたら映画化されることが決まっているっぽくてブチアガりました⭐︎
・関心領域/マーティン・エイミス
・体の贈り物/レベッカ・ブラウン
・冬季限定ボンボンショコラ事件/米澤穂信
シリーズ完結。米澤穂信はやっぱりすげぇよ
・可燃物/米澤穂信
米澤穂信はやっぱりすげぇよ
以上です。
結論としては、「米澤穂信はやっぱりすげぇよ」です!!!!
ということで2024年お疲れさまでした!!!
よいお年を〜〜〜〜!!!!!!!
我が家の平日の晩ごはん
どうも、yumihiko氏です。
突然ですが、YouTubeなどでよく見かける〈我が家の一週間の晩ごはん〉的なやつ。
世間はどんなもんを食べてるのか知りたくて&夕飯作りのモチベーションが少しでも上がれば…と私もどれどれ…と見ることが多いのですが、
映え過ぎている!!!!!
映えてないとしても品数が多過ぎる!!!!!「今日は買い物行けなかったんで冷蔵庫にあるものでテキトーに作りました」つって、4品も5品もちゃんとしたものできるのなんなんだ!!!!!
中でもひどい人(?)は「今日は手抜きの日曜日なんで大したもの作りません」と前置きした上で昼に唐揚げ作ってた!!!!!もういい加減にしろ!!!!!さすがの私も(???)黙ってられない!!!!!
(ちなみにさときち先輩に「まったく!!さっきさら黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!!!」と言うと「全く黙ってなかったよねずっと喋ってたじゃん、むしろ僕がずっと黙ってたよ」と言われるのいつもウケちゃいます)
というわけで、わたしが本当の「我が家の一週間(平日5日間)の食事」を見せてやります。
なんの気合いも入れずに本当にいつも通り地獄のような気持ちで献立を考え地獄のような気持ちで作ったなんの思い入れもない夕飯たちを見てください。
日記的な感じで平日5日間の食事を写真と共に紹介していきますね
12/2(月)

白米、大根とワカメの味噌汁、すでに味付いてる肉、キャベツ、ゆで卵
これご飯作った人あるあるだと思うんですけど、自分の分の盛り付けほんとにもうなんでもいいからこんな風に卵も裏っ返しだしキャベツもボハッ!!ってなりますね!!
この日は日中、友人(愉快)の家におしゃべりに行きました。帰り際「今日の夕飯なに?」と聞いたら「え〜〜〜〜〜〜〜っと、スーパーで買った味ついてる肉が冷凍庫にあるからそれ焼くわ、もうそれが限界、無理、つらい」とすごくつらそうだったので私も友人宅からの帰り道にすごくつらい気持ちで味付いてる肉買って帰りました
味ついてる肉(安い)は私の焼き方がよくないのか元々のポテンシャルが低いのか硬くて美味しくなかったです♪
「これ全然おいしくないね!」と父子に言ったら食に興味のない族の彼らは「えっそう?」とかなんとか言いながら黙々と食べていました。
ここからあと4日間ありますが、我が家は基本的に米、汁、肉(もしくは魚)、サラダの一汁二菜システムです。副菜の概念はありませんのでよろしくお願いします!!!
12/3(火)

白米、にんじんと卵とじのつゆにうどん入れたやつ、油淋鶏(食べるときネギダレみたいのかけた)レタス、ゆで卵
前日の夕飯のちょっと色が鮮やかになっただけのバージョンで自分でもビックリしました。油淋鶏はなんか油淋鶏の粉みたいの使ってます。「平日から揚げ物するのすごいね!」みたいなコメントはもう要らないんです、もうそういうのはいいんです(???)、そういうことじゃないんです(?????)
12/4(水)

タコライス、にんじんとじゃがいもとベーコンかなんかのコンソメ味のスープ
もうここらへんから写真撮るのすらしんどくなってきていますね。
自分の作ったご飯って何を作っても〈自分の作ったご飯〉の味しかしないのでさっさと食べ終わりたい気持ちがあります。そういうときにタコライスってほんとに便利!!!生野菜、肉、米、チーズが一気に摂取できる!!!ありがとうタコライス!!!!ありがとう沖縄の人!!!!!!
そしてタコライスは食に興味がないさときっちゃんも「おいしい!!!毎日こういうご飯なら助かる!!!おいしすぎる!!!」つってバクバク食べてくれる数少ないメニューのひとつです。私もふつうに好きですタコライス。ありがとう沖縄の人!!!!!(2回目)
12/5(木)

カレー、ナン、サラダ(レタス、ブロッコリー、たぶんレタスの奥底にゆで卵)
もうね、この日も写真どうにか撮りました。「なんで写真なんか撮んなきゃいけねぇんだよ」とか言いながら写真撮りましたからね。誰に頼まれたわけでもなく自分が勝手にやってることなのにキレてますからね。これだから人間って生き物は!!(?)
食に興味が無い族のさときっちゃん、もちろん学校の給食を食べるのも苦手。そんなさときっちゃんが「今日の給食ナンだった!!!サイコー!!!ナンなら毎日でも食べたい!!!」とテンションが上がるナン。白米が苦手なさときっちゃん、カレーライスはあまり好きじゃないのですが(カレーライス好きじゃない子どもなんているんだ?!とお母さんは驚いてしまいます)ナンをカレーにつけて食べるのは好きらしい
「給食にナンが出るんだ…?」というところから進めないおじさんおばさんの皆さん、わたしも同じ気持ちです
ちなみにこの日は行きつけマックスバリュの「ナーン」っていう商品名のナンでした。デッカく「ナーン」と書かれたパッケージにいつも癒されます。「ナン」じゃなくて「ナーン」…たった一本棒を足すだけでこんなに気持ちが変わるんですね…(ほっこり)
「辛い」に一本棒を足したら「幸せ」になる、と同じことか……昔からこの話何言ってるかちょっとわからないんだよな!!!どこからのなんの一本なんだよ!!!サラッと一本足すんじゃないよ!!!しょーもないこと言ってんじゃないよまったく
………さて、そろそろ「夕飯、この量でさときち先輩は足りるのか??」みたいな疑問出てきますよね。
答えは簡単!!「足りなければ卵かけご飯とかお茶漬けとか食べるから気にしないで、あとでポテチも食べるし、気にしないで」(さときち先輩の原文ママ)です!!とにかく自分のことを私に気にしてほしくない、とにかくそっとしてほしい、そんな気持ちでいっぱいのさときち先輩です。今までも、そしてこれからも⭐︎
さときち先輩はいい大人なので白米おかわりの他にも、深夜にポテチ2袋➕グミとかの爆食いをして足りなかった夕飯分の調整をします。誇り高きアメリカ人だ!!!イェス!!ウィー!!キャン!!!!!
アメリカ人と言えば、5年間、瓶でも缶でも家具でも鉄でもなんでも燃やせる(燃やす)国にいたさときち先輩、帰国して2年が経ちようやくペットボトルのラベルを剥がすことに慣れてきたみたいです。それどころかドレッシングのボトルも蓋部分を取ってラベルも剥がして綺麗に洗って干していたのでだいぶ日本に染まってきています。
さときちせんぱいくんへ
にほんでのせいかつにはなれたかな?
いつもごみのぶんべつをがんばってくれてありがとうね。
ゆみひこしより
「あら!!!アメリカ人のくせにそんな高度な分別できるようになったの?!!おりこうさん!!!もうすっかり日本人!!!」と褒めると大体は無視をされますが、たまに「なんでラベルまで剥がすの?なんなのこの作業。日本バカじゃないの?」などと返してくれることもあります。相変わらず穏やかじゃないな。
12/6(金)
白米、大根とワカメの味噌汁、アジの開き、レタス、ブロッコリー、ゆで卵
ほらもうね、ついに写真撮るの忘れましたね!!
この日は午後参観会&夜は吹奏楽の練習だったので気持ちがバタバタしていて、いつも以上に夕飯への興味関心が薄かったです。
引っ越してきて初めて魚焼きグリルを使ったんですが、そのことをさときち先輩に言うと「ついに…使ってしまったか…」とつらそうでした。(掃除するのめんどくさいけどyumihiko氏にこういうレベルの高い(?)掃除は任せられないからどうせ僕がやるしかないんだ…つらい…)の「ついに…使ってしまったか…」です。
さときっちゃんに「これってなんの魚?」と聞かれて開いてあるのなんて大体ホッケなので(偏見)、テキトーに「ホッケホッケ」と答えた数分後、「ホッケ」を食べたさときち先輩が「いや、これアジだよ」と言っていました。ホッケじゃないです、アジです。テキトーなことを言うのをやめてください。
さてさて以上、平日5日間の我が家の晩ごはんでした!!!できれば来週もやりたいと思っていますが、ちょっとつらいので予定は未定です!!!
それではさようなら!!!!!
さときっちゃんが7歳になりました
どうも、yumihiko氏です。
さときっちゃんが7歳になりました。
7年前、さときっちゃんが産まれた日のこと、鮮明に憶えています。
夜中から始まった陣痛が明け方本格的になって病院に連絡したら「朝ごはんとシャワーを済ませたら慌てずに病院においで」と看護師さんに言われたこと
(マジでわたし今から人間を産まないといけないんか……マジか……え…マジ……?)となりながら母が作ってくれた味噌汁を食べたこと
5分おきに痛くなるお腹に耐えながらシャワーを浴びたこと
祖父(寝たきり)のオムツ替えをしていた母と祖母に「いってくるね」と言ったら2人は「いってらっしゃい、気をつけてね」とふつうに返事してくれたこと(オムツ替えに必死だったのでしょう)
トシローは呑気に笑っていた気がします(通常営業)
病院までの道は、休日の朝早くだったのでめちゃくちゃ空いてて、
あとめちゃくちゃ天気が良くてめちゃくちゃに寒かった
病院までの車内でももちろん(マジで私が?これから?人間産むの?こわ)と思っていました
当時はさときち先輩にも言わなかったけど、「こわい、無理、誰かやってくれてもよくない?」と内心ずっと思っていました。
病院に着いて、着替えたり内診したりして陣痛室に案内されて
日曜日だったので、テレビではシューイチをやっていました。
陣痛室にはテニスボールとかバランスボールとか、いわゆる陣痛に効くグッズが置いてあったのでそれぞれちょっと試したけど私にはなんの効果ももたらさなくて(ふざけんなよ)と思いました(?)
途中でお昼ごはんが運ばれてきて、たしか麻婆豆腐(好物)だったのだけど、もう全然食欲なんて無くてさときち先輩がおいしくいただいたはずです。
「陣痛の合間にご飯食べた」って人よく居るけど、すごくない?強すぎない?わたしはそんなの全然無理でした
陣痛、めちゃ叫ぶ人とかいるらしいが、個人的にアレは叫ぶ痛みでは無かったです。とにかくさときち先輩の腕をつねりながら壁の模様を見つめ続けるというタイプでした。あなたの陣痛の乗り換え方はどこから?私は壁から。
妊娠中、「陣痛中に気を紛らわせるために音楽聞きたい、バンプとか」としょーもないことを言っていたので
さときち先輩は、私に言われたとおりバンプを流してくれたけど、6秒くらい聞いて(うるせぇな)と思って切ってもらいました。あとにも先にも藤原基央さんの歌声を(うるせぇな)と思ったのはあの時だけです。その節はすみませんでした。
いざ分娩室に入ってからのことは7年前ブログに書いたので端折るけど、分娩室にはずっとオルゴールが流れていて、さときっちゃんが産まれた直後は宇多田ヒカルの「ファーストラブ」のオルゴールバージョンが流れていたのをハッキリと憶えています。
あと、さときち先輩が薄ピンクの割烹着(※割烹着ではない)を着ていてかわいかったことは有名(?)な話
よく「産まれた我が子を初めて抱いたとき、私はこの子に出会うために生まれてきたんだと思った」とか「この子を守るためならなんだってしよう、と思った」とか「やっと会えた喜びで涙が止まらなかった」とか言う人いるけど、私がさときっちゃんを産後5分くらいで初めて抱っこした感想は「ハァ〜お互いつかれたね〜」ってことでした。涙どころじゃないのよ、使命感に胸震わせてる場合じゃないのよ
あれから7年経った今も、さときっちゃんに出会うために生まれてきたとは思わないけど、さときっちゃんという人間に出会えたこと、すごくうれしいなと思っています。ありがとうね。
その日の夜はとにかくアレ(会陰切開)とアレ(痔)が痛くて痛くてベッドに横になったら最後、起き上がることも寝返りを打つこともままならず、
病室のテレビで年末って感じの漫才番組が流れていて、起き上がれない私は声だけ聞いていた記憶があります。さときち先輩はサンドウィッチマンの漫才観ながらキャッキャ笑ってた。かわいいね(?)
そういや、さときっちゃんに「僕が産まれたとき、お母さんはどうだった?大変だった?嬉しかった?」みたいなことを聞かれることがちょいちょいあって、
その都度「も〜〜〜大変だったよ〜〜〜人間産むの本当に大変、すごく嬉しかったけどね!!ちなみにお父さんはさときっちゃん産まれた瞬間、めちゃくちゃ泣いてたよ、ピンクの割烹着着て。ピンクの割烹着のお父さん、これがまたかわいいんだわ!!!」としっかりと伝えています。
さときっちゃんはその都度、(よくわかんないけどうれしいな)みたいな顔をしています。
不思議なことに、さときっちゃんが産まれる前日のことや産まれた翌日以降のことはほとんど覚えていないのに、さときっちゃんを出産した日のことだけはかなり細かいことまで鮮明に憶えている。
さときち先輩も、もちろんさときっちゃんも憶えていない2016年12月18日のこと、私はずっと憶えておきます。
なんかのアレであったよね、「世界でたった一人でも"サンタさんは居る"って思っている人がいる限りサンタさんは居る。世界中の全員がサンタさんは居ない、と思った時にサンタさんは居なくなるんだよ。」ってみたいな言葉。そういうことです。どういうことです?
てなわけで。
あ、そうそう、
私が生まれて初めての〈親〉をやるにあたり、肝に銘じている言葉があって、
これ、前も言いましたっけ?言ってないですっけね?ま、言ってたとしても大事なことなのでもう一回言っておきますね。
私が大好きなドラマ「プリーズ・ドント・ライク・ミー」にて
「君は自分のお父さんのこと、良い親だと思う?」と親友に聞かれた主人公が
「う〜〜ん…」としばらく考えたあと、
「いい親だと思うよ、思うけど、月を見て、(もっといい月があるかも)とは思わないよね…?僕にとってお父さんは彼だけだから(もっといい親がいるかも)なんて思いもしないよ」
と答える
このセリフはずっと頭に残っていて、良くも悪くもさときっちゃんにとっての親は私たち2人しか居ないことを、思い出させてくれます。
あと、そうそう
(なんの脈略も無く思い出したことを書いています)
さときっちゃんの担任のK先生、私、とても好きなんですが
保護者会での
「人生には、誰にでも必ずいい時と悪い時がありますよね。おうちの方には、ご自身の〈悪いとき〉の話をお子さんにしてほしいです。こんなことがあったけど、今はこうやって楽しく生きてるよ〜、と。もちろんご自身の中で気持ちの整理がついてからでいいのですが。(笑)
子どもたちは、何か失敗したり悪いことが起こるとそこで人生が終わる、絶望、みたいに気持ちにすぐなってしまうので、大丈夫だよ、ひとつの失敗で人生終わらないよ!ほら、お父さんもお母さんもたくさん失敗したりイヤなことあったけど、今もそれなりに生きてる!と大人が話すことが子どもたちにとってとても大切なことだと思います。」
というK先生の話も心に残っています。
私が子どもの頃とはやっぱり小学校の教育も変わってきているような気がします。いい意味で。
先生や学校にもよるのだろうけど。
先生の話と通じるけど、
「お父さんも子どもの頃マラソン大会きらいだったのか〜」とか「お母さんも学校きらいだったのか〜」とか「大人でも泣いたら怒ったり失敗したりするのか〜」と、大人の「裏の顔」みたいなのを知ることで安心して生きることが出来るかな、と思って、さときっちゃんには正直にお母さんお父さんのきらいなものや失敗を話すようにしています。
さときっちゃんは「お母さんはすぐに道を間違えちゃうよね」とか「お父さんは絵を描くのが苦手だよね」とか「大人でも失敗したり泣いたりするんだよね」などとよく言っているので、そういうことがちょっとでも彼の励みというか、そういうのになっていればな、と思っています。
ちなみにきゅうりをふつうに食べられるさときっちゃんに対してさときち先輩は「よく食べられるね、えらすぎる」と関心しています。
そう、さときち先輩はきゅうりが大嫌い
「きっと向こう(きゅうり)も僕のこと嫌いだと思う」というのは彼の口癖です。
あ、そうそう、
私が「あの人きらい」とか「あの人って〇〇だよね〜」と悪口を言うとさときち先輩は「向こうもyumihiko氏のこときらいだから大丈夫だよ」と必ず言います。
それを言われると、そうか…たしかにな…お互い様か…と妙に納得してしまえるので悪くないです。
さてさて、これなんのブログか忘れてたけど、さときっちゃん生誕7周年のブログだったわね!!!
というわけで、7歳になったさときっちゃん、改めてお誕生日おめでとう!!!!!
お父さんとお母さんはいつでもあなたのことが大好きです!!!!!これからもその名前の通り、自分が信じた道を突き進む人でいてね!!!!!お父さんとお母さんはいつでもそれを応援するから!!!!!
宇多田ヒカルの「あなた」に
「何度聞かれようと
変わらない答えを聞かせてあげたい」という
歌詞があるけれど、
本当にそういう気持ちです。
この先の人生、色々つらいことあっても「お父さんとお母さんはいつでも僕の味方」だとわかっていてほしいです。
さときち先輩と引き続き、さときっちゃんのお父さんお母さんとして精進していきます。
7歳も、素敵な一年にしようね!!!!!ビッグラブ!!!!!
それでは皆さん良いお年を〜〜〜〜〜!!!!!!!!
(これさえ言っておけばうまいことまとまると信じてやまない)
定期演奏会
どうも、yumihiko氏です。
2月に入団した市民吹奏楽団の定期演奏会がこのたび無事に終わりました。
せっかくなので備忘録として、日記書いておきます。
いや〜〜〜約20年ぶりの吹奏楽(クラリネット)、そして同じく約20年ぶりの演奏会。
練習も含め、とても楽しかったけど疲れました!!!でもとても楽しかった!!!
基本的に練習は週1,2回の数時間なんだけど、本番前の5月6月は感覚的には、毎週金土日はほぼ練習みたいなレベルで練習漬けでした。
しかもさ、今回の演奏会(アンコール含め全10曲)難しい曲が多かったこともあって、妖怪ブランクおばさんの私は、到底その練習だけじゃ間に合わなくて、週に一回、カラオケに通い頑張って個人練習もしました(褒めてほしい)
※最寄り行きつけカラオケ店舗〈コートダジュール〉さんへ
コロナ禍を乗り越えて生き残ってくれていてありがとう、これからもよろしくね
しかもしかも、6月はそれに加えてパート練習もあったので、週4でクラリネット吹いてる感じでした(褒めてほしい)
そんな感じで家に居ないことが多かったので、さときっちゃんに「お母さん、もう吹奏楽行かないでほしい」とか言われたりしたこともあったけど、さときち先輩に相談すると「僕がいるからさときっちゃんは大丈夫だよ、何も気にせず行っておいで」と言ってくれました。相変わらずいい男だな(遠い目、柔和な笑み)
さときち先輩とさときっちゃんのおかげで心置きなく吹奏楽を楽しめているし、ましてや本番にも無事立てたので本当に感謝。
演奏会当日は、さときっちゃんとさときち先輩はもちろん、両親、叔父叔母、いとこ、中学時代の友人(元吹奏楽部仲間)も観にきてくれて、本当にありがとうございます、という気持ち。
終演後、団員でお客さんのお見送りをした際、さときっちゃんのこともお見送り(ちょっとおしゃべり)したんだけど、その時のことをあとで
「帰る時に、遠くのほうでお母さんの嬉しそうな顔が見えた気がしてそっちのほうに進んでいったら本当にお母さんだった」と言っていて、
なに???詩???声に出して読みたい日本語じゃん……ってなりました。
子どもにとっては難しい曲多かったので「途中で飽きちゃったら帰っていいからね」とさときっちゃんには言ってあったのだけど、「途中で帰るつもりだったけど、(まぁせっかくだし最後まで居てやるか!!)って思って最後まで居た」とも言っていました。
なに???さっき↑の詩とは打って変わってめちゃくちゃ上から目線じゃん。…最後まで居てくれてありがとうね。楽しかったみたいでなによりです。
吹奏楽の生演奏を生まれて初めて聴いたさときち先輩も「すごかったよ」と小学生みたいな感想をくれてよかったです。
さときっちゃん、演奏会翌日、同じアパートの母子に遭遇したときに「きのう、僕、あじさいコンサート(コンサートの名前)行ってきた!!お父さんとおじいちゃんおばあちゃんとおじさんおばさんも一緒に行った!!お母さんが出た!!」となんの前振りも無く大きめの声で突如話し出したの、6歳って感じですごくよかったです。自慢気だったのもすごくよかったです。
ちなみに同じアパートの母子たちは「えっあじさいコンサート…えっなに、えっ」ってなってました。そりゃそうだ。
そして、来年(一年後)の演奏会の日程も既に決まっているのだが「あじさいコンサート2024は6月30日だからね!また僕、行くからね!忘れないように書いておくね!」と小さいメモ帳に一生懸命書いていました。かわいいね。
こんな感じで演奏会後、だいぶテンション上がってた彼なのに、楽器に興味は全く湧いてないそうです。なんでだよ。ウソだろ。期待をさせるなよ。(?)
あ、そうそう肝心の本番自体は、たくさんのお客さんが見に来てくれて本当によかったです。
部活時代も思ったけど、練習時間ってめちゃくちゃ長いし特に本番前なんて死ぬほど練習するんだけど、本番は始まってしまうとほんとにあっという間。2時間弱のステージだけど、体感20分くらい。ほんとに、あっっっという間に終わるんだよねぇ。
演奏会後の打ち上げで、「今回初めてあじさいコンサートに立った人、何か一言ずつ言って〜!」というコーナーがあって、私ももちろん初めてでしたのでご挨拶させていただきましたけど、その中で「舞台で演奏する非日常体験ができてほんとに楽しかったです!!!」と言ったら団員のみなさん、首もげるくらい頷いてましたね。結局、あの、舞台に立つという〈非日常体験〉をするためにみんな、仕事や家事や育児やその他もろもろ大変な中でも、音楽を続けているんではないかなぁ〜と思いました。私もそうです。もちろん、音楽や楽器や吹奏楽が好きなのは大前提として。
ちなみに今回の定期演奏会、4年ぶりとのことでした。コロナ禍の数年で、たくさんの団員がやめていったとのことでした。大変だよねぇ、本当に。
てなわけで、ひとまず入団後初めての演奏会を無事終えることができてホッとしております。
さときち先輩、この数ヶ月、応援してくれてありがとう。ここからしばらくは練習日も減るので、また、夫婦の時間をたくさん過ごしていきましょうね!!!!!!!!(血眼)
っていうかさときち先輩、私の趣味を応援するだけじゃなくて「練習多くて大変なのに、めんどくさがらずにちゃんと行ってえらいね、途中でやめないのえらいよ」と、褒めてまでくれたんだけど、え??器のデカさ、カスピ海???これからも褒めて伸ばしてくださいね⭐︎
さときっちゃんには、引き続き、楽器を好きになるよう洗脳していきます⭐︎
それではまた、あじさいコンサート2024でお会いしましょう〜〜〜!!!!!!

(演奏会で両親がくれたお花)
卒園式
どうも、yumihiko氏です。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さときっちゃんの卒園式が先日無事終わりました!!!パチパチパチパチ!!!!!
さときち先輩の帰国に伴って、年長の10月に転園したさときっちゃん。いまの園での日々はたったの半年間だったけど、母子ともに(?)とても楽しく過ごせた半年間の園生活でした。
年長さんの途中で転園することについて、転園前は不安もあったけど、今となっては、さときっちゃんと私にはふたつの幼稚園の思い出ができたし、ふたつの幼稚園でお友達もできたし、さときっちゃんの成長を楽しみにしてくれる先生も倍になって、ラッキー!!!!!という気持ちでいっばいです⭐︎
卒園式当日は春の気候でとても良い日でした。
卒園のお歌を2曲披露していただいたんですが、さときっちゃん、2曲の間に計6回あくびをしていてウケました。
卒園式後、わたしとさときち先輩で「さときっちゃん、歌いながらあくびしてたよね?」と詰めるも、さときっちゃんは「いや〜アレはね、あくびじゃないのよ」と頑なに認めなかったわけですが、
さときち先輩が撮影した卒園式動画で3人で検証するとやっぱり明らかにあくびしてて、最初はそれでもバレないように気遣ってる感じあったんだけど(ウケる)、3回目くらいからはもう完全に気持ちよく大あくびしちゃっててめちゃくちゃウケました。
あくび動画を検証しながらさときち先輩が、「ほら!!(あくび)やっちゃってるね?!!」とさときっちゃんを詰め、詰められたさときっちゃんが「ほんとだwwwwwやっちゃってるwwwwwww僕、やっちゃってたwwwwwwww」と爆笑して、最終的に「やっちゃってたね〜〜〜!!!!!!」と3人でキャッキャ言う時間、めちゃくちゃ楽しかったです。マジでさときっちゃんはめちゃくちゃやっちゃってました。
ちなみに他にもチラホラ歌いながらあくびしてる園児居て、なんなの???お口を開けたら自然にあくび出ちゃうの???赤ちゃんなの???6歳児、余裕でかわいくない???ってなりました。
園長先生から受け取った修了証書を、そのまま親(お母さん)の元に渡しに来て、その際にひとことお母さんへのありがとうを伝えてることになっていたらしく、「毎日ごはん作ってくれてありがとう」や「毎日幼稚園に送ってくれてありがとう」が続く中、さときっちゃんはなにを言うのかな?と思っていたら
「水曜日と土曜日に一緒にお風呂入ってくれてありがとう」って言ったんですよ。
周りのお母さんたち、「ふふふふふ」ってなって、「具体的でかわいい…」「最高だわ」などの呟きも聞こえました。
いや、この、「水曜日と土曜日に一緒にお風呂」ってのは、さときっちゃんの希望で〈水曜日と土曜日は浴槽にお湯溜めて(普段は各々シャワー)、家族3人で湯船に浸かる〉ってルールが、ある時から出来て、そのことを言ってて。
授与式終了後、クラスに戻ってから副担任のベテランおばちゃん先生に「いや〜〜〜お母さん?!!!授与式の時のさときっちゃんの言葉、最高だったでしょ?!!!?もうね、練習の時からお風呂のことを言うのはずっとブレなくて!!!さときっちゃんに水曜日と土曜日は家族でお風呂に入る、バスボムも入れるんだよって話を聞いて、なんて素敵なご家庭なの?!!?!と感動しちゃって!!!!!さときっちゃんにとって、水曜日と土曜日は本当に楽しみな特別な日なんだと思います!!!!!これからもぜひ続けて!!!!!」と、元気な親戚のおばちゃんのスタンス&テンションで言われて、嬉し恥ずかしでした。
毎日ごはん作ってくれてありがと、とかよりも、とにかく水曜日と土曜日の家族3人のお風呂タイムが6歳の彼にとっては本当に特別で嬉しい時間なんだなと知ることが出来ました。大人にしてみればなんてことない時間も、6歳の彼にとってはスペシャルなことなんだな、大切にしないとな、と思いました。
親戚のおばちゃんもとい副担任の先生には「彼が嫌がるまで続けますね!!!」と言っておきました。
たしかに、そういえば、母子ふたりで暮らしていた時から「お父さんが帰ってきたら3人でお風呂に入りたい」とよく言っていたことをふと思い出しました。夢だったんだね、さときっちゃんの。(柔和な笑み)
ちなみに、3人で入るときは、先にわたしとさときっちゃんが体とか頭とか洗って湯船に浸かり、給湯器の呼び出しボタンをさときっちゃんが押して、さときち先輩が登場するわけなんだけど、
全裸(当たり前)のさときち先輩、湯船に浸かってる私とさときっちゃんにめちゃくちゃ見られながらの入場なので毎回めちゃくちゃ恥ずかしそうに口つぐんで猫背(これはいつものことか)で入ってくるの、毎回毎回めちゃくちゃ楽しいです。
というわけで、これからもできる限り水曜、土曜のお風呂ナイトは続けていこうと思います。
さときっちゃんが年長途中の入園だったので知らなかったのだけど、担任の先生は去年の4月にいまの園に来たばかりで、きりん組さん(さときっちゃんのクラス)が今の園では初めてのクラスだったとのことで。
「一年間、幼稚園でもお家に帰ってもみんなのことばかりたくさん考えて過ごしました。みんなのクラスの先生になれて本当に幸せでした。元気なだけじゃなくてやさしくてつよいみんなだから小学校でも大丈夫だよ。ひとりひとりの心の中のきらり(原石的な意味)をいつまでも持ち続けてね」と涙を堪えながら言葉を詰まらせながら笑顔で話していたのがすごくよかったです。
「今度はみんなのおうちの人にお話するから、みんなは静かに聞いててね」と前置きをして、
「先週だったかな?子どもたちに"先生のお仕事ってなんだと思う〜?"と聞いたら、みんな"え〜〜わかんない!!!なんだろう?!!"っていう答えで(笑)、びっくりもしたんですけど、わたしは正直嬉しくて。先生と生徒っていう壁のある立場じゃなくて、みんなと対等にお友達みたいに過ごせていたっていうことなのかな??みんなは壁を感じることなくわたしと過ごせたのかな、と思って。」
というお話を先生がしてくれて、教室内は泣き笑いみたいなほっこりムードにつつまれました。
正確にはなんて言ってたか忘れちゃって、実際にはもっと素敵な言葉で言っていたと思うのだけど、「幼稚園という、人間の基礎を作る上で大事なこの期間にこの子たちに少しでも関わらせていただけたこと、本当にありがたく思っています。毎日とても幸せでした。(要約)」と涙を堪えながら言葉を詰まらせながらもどうにか笑顔を作って一生懸命話してくれた先生。サイコーだなおい、と思いました。
別れ際、「かおり先生(仮名)でよかったです、さときっちゃんも先生だったからこんなに楽しく半年間を過ごせました」と伝えられたのでよかったです。
いっつも元気で明るくサバサバして子どもたちに「先生!!!先生!!!」とあちらこちらから呼ばれていたかおり先生。こちらこそたったの半年間でもさときっちゃんの人生に関わってくれてありがとうございました、という気持ちです。
さときっちゃんが幼稚園生になってからのこの3年間、さときち先輩は居ないしコロナ始まっちゃうしそのせいでマジでさときち先輩に会えないし幼稚園はコロナのせいでしょっちゅう休みになるし相変わらずさときち先輩は居ないし夏休みは地獄のように長いしそんな時でもさときち先輩はやっぱり居ないし母子ふたりでは色々と限界で、さときっちゃんとはたくさんケンカもしたしそりゃ〜〜〜大変だったけど、
こうして家族3人で卒園式に出席できたことが全てだと思います!!!!!
この3年間、さときっちゃんもさときち先輩も私も離れていたけど、会える日を信じ各々死なずに頑張って生きたから、この日を迎えられたわけで!!!!!ほんとうにがんばったね!!!!!えらかったね、私たち!!!!!という気持ちです!!!!!
ちなみに、さときち先輩が生まれて初めて参加した幼稚園行事が卒園式なのウケません???私はすごくウケちゃってます。コロナ禍海外単身赴任の闇を感じちゃって、めちゃくちゃウケちゃったます。ふふふ…………
てなわけで、さときっちゃん、4月から小学生!!!!!
さときち先輩の帰国により、育児の第一章がやっと終わったのも束の間、小学生入学により育児チャプター2始まりますね!!!!!
これからは偉大なるさときち先輩お父さん(もはや先輩なのかお父さんなのかなんなのかわからない)がいるので未知の世界小学校もドンと来い!!!!!
ってわけで、よいお年を〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
さときち先輩が帰ってきた
どうも、yumihiko氏です。
さときち先輩が5年の任務を終えアメリカから帰ってきて早3週間が経とうとしています。
さときち先輩、もともとウケるけど、アメリカ人要素が加わってめちゃくちゃウケます。楽しくてしょうがない。
・久しぶりの右ハンドル、「えっと、僕は左を走り続ければいいんだよね?ひだりひだり…いついかなる時もヒダリ…」と唱える
・運転中、「なんなの?このゴミみたいに狭い道は。」と静かにキレる
・運転中、「でも鹿の死骸とか落ちてなくて道綺麗だね」と、アメリカ人特有の視点で褒める
・運転中、ウィンカー出そうとしてワイパー出しちゃって「おっといけねぇ」とつぶやく、それを繰り返すうちに「なんなんだよ」と静かにキレ出す
・ココスの看板を見て「ッカ〜〜〜!!もう看板だけで美味しい、黄色が美味しい」というよくわからないことを言う
・「日本は大抵の面でクソだけど、食べ物はほんとに美味しい」と言いながらなんでもとにかくバクバク食べる
・ニトリのデカいカートを押しながら「えっ、なにこのスムーズな動き!!片手でもイケるし、全方向に動く!!日本すげぇな…」とアメリカ人ならではのジャパンの感じ方
・外出時、車から降りて2歩くらい歩いてから「あっマスク…まったくもう」と言いながら車に戻りマスクを着用。アメリカ人、マスク忘れがち
・ふつうサイズのポテトチップス食べるのめちゃくちゃ早い、「こんなもん小袋ですよ」とのこと
・食べ終わったポテチの袋をポイッとゴミ箱に投げ、まったく入らなくても「アメリカだったらアレで入ったようなもんだから」とのこと(そのまま放置され翌日にさときっちゃんが「なにこれ?お父さんのだね!」と言いしっかりとゴミ箱に捨てる)
・市役所でそこそこ待たされている時、「いくらなんでも待たせ過ぎじゃない?…まぁでも、(アメリカ人と違って)みんなちゃんと仕事してる感じ出してるから許すけど。あいつら(アメリカ人)はずっとコーヒー飲んでおしゃべりしてるだけだからね」と日本の勤勉さとアメリカのコーヒーさ(?)を比較
・緩衝材(プラスチック)を燃えるゴミと一緒に捨てようとするので「緩衝材はプラゴミだから!」と指摘すると「なんなの?プラって書いてないやつはぜんぶ燃えるゴミじゃないの?大体のものは燃えるよ、燃やしちまえよ、アメリカだったらなんでも燃やしてくれたよ、プラってなに、あとペットボトルのラベル剥がすのもなに?なんなの?ムズ過ぎ…」とゴミの分別に悪戦苦闘
・就学前健診にて、長ったらしい説明を聞いてる際、「…あの人の言ってることわかる?ぼく全然わかんないんだけど…日本語ムズ過ぎ…日本ムズい…ダメです」と諦める
・「印鑑ってなんなの???マジでクソなんだけど。なに?インカンって。」と静かにキレながら大量の書類を捌く
・「…ハァ〜〜〜!!!もう、ペーパーレスにしろよ」と静かにキレながら大量の書類を捌く
・「…ハァ〜〜〜!!!もう、ネットでできるようにしてくれよ」と静かにキレながらあらゆる手続きをする
・運転中、まったく道を譲ってもらえず「なんなんだよ、どいつもこいつも優しさのカケラもないな」と静かにキレる(たしかにアメリカ人はめちゃくちゃ道譲ってくれた記憶がある)
・サイゼで爆食いするも家族3人で1,800円くらいで「えっ?!!!!安ッ!!!!!!」と彼にしては大きめの声が出る
・「日本ぜんぶ美味しいけど、結局納豆ごはんが一番美味しい」と、いかにもアメリカ帰りみたいなことを言う
・ちがうスーパーに行くたびに「ちょっと散歩させて」と言い、店内を隈なくチェックし「うわ〜〜〜アツいな〜〜〜」と、わたしにはサッパリ何がアツいのかわからないアツさを感じるアメリカ人
・近所のホームセンターで、アメリカ産の歯間ブラシを発見し「うぉ!!コレは!!」と興奮しながらお買い上げるアメリカ人
・「小銭要らないんだよね」と、小銭が貯まるとyumihiko氏にくれるアメリカ人。(アメリカ人は小銭に一切の価値を感じない)
…挙げたらキリがないけど、とにかくアメリカ人は色んなことにキレたり感動したりしていて、とてもたのしいです。
さときち先輩と暮らすのめちゃくちゃ久しぶりだったし、そもそも相手はアメリカ人だしで(?)、仲良く暮らせるかな?と少なからず不安があったけど、元々メンタル激つよ大らかおもしろヒューマンだったさときち先輩、5年間のアメリカ人を経てそれに拍車がかかったみたいで、久しぶりの同居も仲良く穏やかにたのしく過ごせています。ありがとう、激つよ人間のさときち先輩。
さときっちゃんとさときち先輩は言うまでもなくアレなので特に言いませんよ。だっていつもいつもふたりでアレなんだからさ、ほんと勘弁してよ。
さときっちゃん、とにかくお父さんのにおいを嗅ぎたいみたいでほんとに隙あらばクンクンと嗅ぐのでさときち先輩も引き気味で「とめどないな…」などと言っててたのしいです。
わたしが詰まらせた掃除機を掃除したりわたしが長年掃除を放置していた加湿器を掃除したりわたしがキッチンに溢し散らかした紅生姜の汁を掃除したりわたしが野菜の皮やなんやらで溢れ返させたキッチンの排水口を「この、溢れ返すやつやめてくれない?」と言いながら片付けたりとにかく毎日忙しそうでかわいそうかわいいです。
あとさときち先輩、わたしが「まぁそのうち気が向いたら洗うか!」と放置してた水筒や鍋を気づいた時にすぐ洗ってくれるんですけど、いやこれってほんと、人間として最高の人間じゃないですか?自分以外の人間によってシンクに放置されてる、洗うのめんどくさいタイプの物を気づいた時に何も言わずに洗える人間って人間の最高峰だと思うんですけど、どうですか?そうです、人間の最高峰です。
わたしのやらかしをさときち先輩が「ねぇ、これ犯人鈴木さんだよね?」とかなんとか言いながら後始末してくれるんですが、「反省してる?ちょっと廊下立ってて」と真顔で言われたりして楽しいです。楽しくて「ヒャッヒャッヒャ」とか笑ってると更に真顔で「いや笑いごとじゃなくて、廊下立ってて」と言われて〈マジで廊下にしばらく立たされる34歳〉が爆誕したりしています。マジか。ウケる。ヒャッヒャッヒャ、つらい、ヒャッヒャッヒャ。
そういえば、新しい幼稚園(さときっちゃん、今月から転園)ではこれまで使ってた手提げ袋に肩ひもをつけないといけなくて(ミシン必須)、さときち先輩が「父ちゃんが夜なべするか〜」っつって夜な夜なミシンで肩紐付けてくれました。さときち先輩が猫背で夜な夜なミシンする姿、めちゃくちゃよかったですね。ありがとうございますね。
ミシン初体験だったさときち先輩だけど、「なるほどね、ミシンももう把握したわ」と真顔で言っていました。たのしいです。(?)
さときち先輩がいると毎日たのしい出来事の連続なので色々書きたいのだけど、久しぶりのブログで体力が持たないのでとりあえず今日のところは終わります。まぁ別に特に体力は使ってないんですけど。
これから、念願の家族3人ゆかいな暮らしをちょくちょくブログで残していけたらな〜と思っています。
そういや、とある土曜の夜、さときち先輩に「明日はなにする?どっか行きたいところある?」と聞かれ「さときち先輩が居ればわたしはそれだけでじゅうぶんだよ!地の果てまでついていく!」と答えたら「あぁそう。じゃあさときっちゃんと出掛けてくるね」って、全然話通じなくてウケちゃったな。温度差で風邪引きそう。
さてさて、最後に…
さときち先輩へ。
5年間のアメリカ人、ほんとうにお疲れ様でした!!!!!離れて暮らしてる間も私とさときっちゃんのことを常に気にかけてくれてありがとう!!!!!無事に帰ってきてくれてうれしいです!!!!!これからよろしくね!!!!!
yumihiko氏のブルース
みなさんこんにちはyumihiko氏です。
気づけば梅雨ですね。低気圧やばくないですか?低気圧でやばいのに5歳はふつうに、ぐったりして横になってるお母さんを叩き起こしてドデカボイスで「段ボールで新幹線作って?!」とか言ってきますよね、やばくないですか?????
というわけで、特に何があったわけでもなくなんとなくブログを久しぶりに更新してみようと思います。
さときち先輩、本来であれば赴任期間丸5年となる今年の8月で本帰国のはずだったんだけど、まぁ案の定アンポンタン(さときち先輩の会社のこと)が駄々こね出したらしくて、今のところは10月?に帰ってくる予定だそうです。まぁでもアンポンタンのことは本当に信用してないのでね、秋に帰ってくるのかどうも謎です。
とりあえずさときち先輩には、これ以上シカに轢かれないように気をつけてもらって(一昨年、ツーリング中にシカに轢かれて鎖骨骨折して手術。「バイクはたぶんもう一生乗らない」「奈良公園にも一生行かない」とのこと。)、残りのアメリカ生活を謳歌して無事にそのうち帰ってきてほしいです。
ちなみにさときち先輩がシカに轢かれて以降、さときっちゃんはシカのことを「シカども」「シカのやつめ」呼ばわりします。絵本とかにシカが出てくると「コイツらが!!お父さんの首を斬ったのか!!!」とか言うんだけど、お父さんは決してシカに首を斬られたわけではないのよ。ひどい勘違い。
このことをシカに轢かれた本人に話すと「うむ、あぁそうだろうね」みたいな、シカへの憎悪を当たり前とするような返事だったので、父子揃ってシカ憎悪が凄くてこわいな、と思いました。
そういや、こないだ久しぶりにお父さんとテレビ電話したさときっちゃん、照れ過ぎて鼻の下伸び太郎になってたわ。推しとテレビ電話したときのオタクってこんな感じなんだろうな、と思いました。
Netflixの『私たちのブルース』、皆さん観ました?!?!!
我らがBTSのジミンさんが挿入歌を担当してるって理由だけでなんとなく観始めたんですが、物凄くよくてビックリしちゃいました………
韓国の済州島を舞台にした物語なんですが。
済州島に住む人々の人間模様と言いますか、日々のアレコレと言いますかそういうのをね描いたドラマなんですけど。オムニバス形式って言うのかな?回によって主役となる人物が変わるんですよ。今日はこの人のエピソード、今日はこの人とこの人のエピソードって感じで。
なんかもう一人一人の人生をそのまんま覗いてしまってるような、ドキュメンタリー見てるみたいなそんな感覚に陥りました。本当にこの人たち、済州島に存在してるんだろうな、みたいな。
いや〜〜〜脚本とか音楽とか映像とかとにかく全てが素晴らしい!!!!!そしてやはりなにより俳優陣たちが素晴らしい!!!!!!
老若男女、さまざまな世代の俳優が出てるだけど、みんな素晴らしい。
特にyumihiko氏のお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん世代の俳優の方々!!!素ん晴らしい。素晴らしい、じゃない、素ん晴らしい!!!演技力が凄すぎて演技じゃなくなってる。
中でもイ・ビョンホンさんがすごく印象的でした。ストーリー的にもこのドラマの主役と言っても過言ではない感じでした。韓国の俳優のことほとんどわからないので、イ・ビョンホンさんも名前と顔と「有名な人だよなたしか」ってことしか知らなかったし彼の演技をしっかり見たことがなかったですが、このドラマを見て、「恐るべし!!!!!イ・ビョンホン!!!!!!あなたは売れる!!!!!!!
」と思いました。(もうとっくに売れまくっている)
そして、島のみんなのオモニ(お母さん)的なふたり(チュニとオクドン)…なんかもうすごかったです。すごかった。2人の演技。すごい。
いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ストーリー的には派手さは無いしオチがどうなる、とかそういうものではないんだけど、本当にひたすらに誰かの人生をそのまんま見せられているようなそんなドラマ。セリフも綺麗事みたいな言葉は全く無くて(そうだよね、現実ってこんなもんだよね)みたいな、妙にしんみりしてしまうものばかりで…。
ハマり過ぎて一晩で一気見!!!というよりは毎日一話ずつゆっくり進めていきたいようなそんなドラマでした。最終回もとても良かった。丁寧に丁寧に作られたことがよくわかる作品でした。時が経ったらまた見返したいな。あと、済州島行きたい。(すごくミーハー)
…
結局『私たちのブルース』がいかに素晴らしかったかを伝えるだけのブログになりましたけど、そろそろ終わりますね。
長い梅雨が明ければいよいよ夏休み!!!!!!5歳の息子くんと過ごせる夏は今年だけ!!!!!!楽しみ!!!!!!!!たくさん遊んでたくさん思い出作るゾォ〜〜〜〜〜!!!!!!!!
…………クソインスタクソママクソキラキラクソアカウントが言いそうなことを頑張って白目剥きながら言ってみたけど、全然元気出ないですね。幼稚園の夏休みの長さ、本当に異常なのよ。誰も幸せはならないのよあの休み。「夏休み」と書いて「この世の地獄」と読むのよ。テスト出るから覚えておいて。
さてさて、最後に
イ・ビョンホン!!!!!!
あんたは!!!!!!!
必ず売れる!!!!!!!
必ずや!!!!!有名になる!!!!!!
私が!!!!!!
保証する!!!!!!!!